自叙伝続き |
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2007-10-24 Wed 17:09
私は38年セラピストをやって来ましたが,唯一感心するのは,鍼灸学校に入りたての素人にご自分の体を練習台として治療させたと言うことです。それも最も難しく怖い首(頚椎)のアジャスト(調整)をです。今思うと良くぞさせて下さった,と思いますね。お蔭で中心感覚は磨かれました。思えば様々な出来事がありましたが,7回ほど破門になりそうになりましたが,その都度不思議に鍼灸学校の学友達が申し合わせたように集まって来て,先生とのか仲を取り持ってくれて事なきを得たのは本当にミラクルでした。
一番大変だったのは2年経って国家試験が迫って来ても,学友達はバイトを休んで試験勉強に集中しているのに,私は何時もと変わらぬ住込み内弟子生活,特に勉強のための時間は取れません。取り得といえば授業を一回も休んでいない事位です。 でもこれが良かった,国家試験の5日前から特訓,鍼灸学校で頂いた予想問題集2冊を何回も繰り返し解いた,何しろ授業に出ていますから解けるのですね。いよいよ国家試験当日,寒い日です。ペーパーテストだけでなく実技と口頭試問が同時です。試験管が柔捏法をして下さい、と云いながらある筋肉の起始停始を述べなさいと云います。手を止めてはいけないし、頭を止めてもいけないのです。でも何んとかクリアして国家試験に合格しました。その嬉しかったこと。 ![]() ![]() ![]() |
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2007-08-11 Sat 16:41
とんでもない事が起きる前に穏やかな日々を少々記して見たいと思います。
鮫島家の食卓にはきびなごと言う小さな魚が良く登場します。 鹿児島の人々が良く好んで食するのですが,取れるのは四国の八幡浜だそうです。刺身にして醤油,酢味噌で食べて良し,天ぷら,煮つけにして良しの手軽でオールマイテイな小魚です。 私は良く奥様からきびなごの刺身造りを命じられました,と言ってそんなに難しいものではなく,何しろ10センチ在るか無いかの小さな魚なので,頭をチョイと掴んで背骨をツーツとはづすと尻尾まで取れますから後内臓を左手で取って,一丁上がり。後は二つに折ってお皿に綺麗に円形に並べて行くと,銀色に光ったきびなごのお造りの出来上がりです。 後耳慣れない言葉でかっちょんびんた,此れは鰹の頭と言う意味の鹿児島弁です。調理した後に残った鰹の頭を買ってきて,煮つけにするのですが,中々豪快で美味しいのです。 想像して見て下さいあの鰹の姿を,その頭ですから豪快でしょう。 先生は坊津の人(枕崎)ですから容易く手に入ったと推察されます。 そして先生の唯一の自慢はご自分の糖尿病をお灸で治したことでした。 飛んでも無い事の起きる前の穏やかな日々でした。 ![]() ![]() ![]() |
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2007-08-10 Fri 17:58
鮫島家家族構成は先生,奥様,長女(既に鍼灸師と柔道整復師の免許を持っている)次女(高校生),長男(幸四郎君,小学2年生)の5人家族です。
幸四郎君はお父さんが小児麻痺の為,男の子として遊んで貰ったことが無いので兄の様に慕ってくれ,彼のお守りも私の仕事になってしまいました。 彼は後成人して悲劇的な最後を遂げる事に成ります。 暫くの間は平穏な日々が続きました,先生は私を可愛がって下さりタバコを丸ごと一箱下さったり,先生の灸点(お灸をするポイント)にもう一人の女性の鍼灸師とお灸競争をさせて下さったりしました。 此れは左手に握ったもぐさを右手で細かく針の様に細くして,右手に軽く持った線香で素早く点火するのです。 坊津から先生のお母様が来鹿され味噌の作り方を伝授に来られ実際に何樽も作るのを手伝ったりしました。 たまのお休みには屋上に上がり将来の夢に胸を膨らませていました。 まさか数ヵ月後飛んでも無い事が起きるなんて夢にも思っていませんでした。 念のため,タバコは今はもう20年以上吸っていません。 ![]() ![]() ![]() |
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2007-08-10 Fri 12:59
住込み修行,朝は5時起きです,入院施設の空いた部屋に掃除機を掛けます。
ガスは5円を入れると一定時間作動するツールです。 部屋が終わると鍼灸院の前の道路の掃き掃除をします。 院長先生は鮫島先生と言う方で,サラリーマンの方の為にと言って朝6時半から治療を始められていました。 その頃には朝のご挨拶に行き先生の助手を務め,7時半から皆揃って朝食をします。 それから私は中古の自転車で鍼灸学校へ通います。 お給料は1万円で5千円が学校の授業料,残り5千円がお小遣いです。 家賃,食費は要らない訳です。 指圧,マッサージは厳禁で鍼灸をするものは女性の様なしなやかな手で無いといけないと言うのが先生の持論でした。 中々ユニークな先生で霊的な直観力を養う為に神道系の宗教家に師事し,朝5時半に師の処に押しかけ師を困らせていたそうです。 鍼灸師会の会長を決めるのに最も鍼灸を嫌っている医師を口説き落とし会長にして逆にファンにして仕舞ったりしたそうです。 ![]() ![]() ![]() |
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2007-08-09 Thu 18:06
さて鹿児島市に着いた所で旧会社を私より先に退職した先輩がある野党の秘書をしていて,折りしも選挙運動中,此の先輩に連絡を取りその事務所に行きました。
其処で事情を話し,選挙カーの運転をボランテイアでさせて頂く代わりに住込みバイト先を紹介して欲しい旨お願いしました。 しかし毎日の様にそんな無謀な事は止めて,福岡に帰ってサラリーマンをしなさいとお説教をされます。 夜の宿泊は合気道部の後輩が4年生でしたので其処に泊めて貰いました。 そして12日目その秘書の一人が貴方の覚悟は分かった,今から行きましょうと言って鹿児島でも指折りの鍼灸院に連れて行かれて(前もって話を付けていたのでしょう)院長先生とお会いし,住込みバイトが決定しました。暫く経って鍼灸学校の入学試験を受け,合格して学校に通学しながらの住込み修行が始まりました。 その鍼灸院は4階建てのセントラルヒーテイングで遠くから来られる患者さんの為に入院施設が2〜4階まである近代的な鍼灸院でした。 ![]() ![]() ![]() |
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